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ジパング倶楽部

毎月25日発行

ジパ活     毎月下旬更新

「ジパング俱楽部」会員様からの、「ジパング俱楽部」を活用した声を紹介します(敬称略)。

※写真はイメージです。

■ジパ活 応募要項

「ジパ活」は、ジパング倶楽部を使った旅の思い出などを200~400字程度にまとめてお寄せください。採用者には、QUO(クオ)カードを進呈します。

応募はこちら

■作品発表

【10月】

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満月と一緒に

埼玉県 森井 眸(83歳)

 

 午前2時。昼は小雨(こさめ)が降っていたのに、今、明るい月の光が部屋に入ってくる。時々雲に隠れながら、それでも異様に輝いている。

 昔のことになるが……この月の輝きで思い出した。夜10時頃、香川県の高松駅を寝台特急「サンライズ瀬戸」で出発。ひと眠りして、ラウンジへ行った。

 外を見ると、雲ひとつない夜空。ちょうど目の前に満月がある。列車と一緒についてくる。満月と同行して、東京へ行く。こんな贅沢(ぜいたく)で、幸せな夜があるだろうか。かぐや姫が帰った夜も、こんな月だったのだろうかと想像しながら、うっとりと、眠ることも忘れた。今でも目に浮かぶ。

 仕事で何度も「サンライズ瀬戸」は利用させてもらって、眠っていれば目的地へ着くことが魅力だった。たった一度、この夜だけは特別に設定されたかと思うほど、美しく、感動的な夜だった。

 

 

 

 

 

 

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”鴨鍋”と星空の旅

大阪府 池野希譽司(80歳)

 

 こんな歳で、よくそんなに旅に出るものだと、自分でも感心しています。

 3月20日に大阪駅から出発して、新快速で滋賀県にある湖西(こせい)線の永原(ながはら)駅に向かいました。「鴨鍋と麻雀(マージャン)の会」で毎年恒例にしている5人旅です。ただ、今年は30年来常宿にしていた民宿が、主人が高齢のために廃業となり、近くの国民宿舎に変更しての旅でした。

 永原駅に到着して、足の悪い私は駅の階段、それも86段を一歩一歩用心して降りました。この旅で、一番大変な行程はここです。

 無事に降りたところへ宿の出迎えの車が待っていてくれて、20分ほど琵琶湖(びわこ)湖畔(こはん)を走って到着です。さっそく部屋で麻雀開始。夕刻には露天風呂に入り、星空を眺めながら“鴨鍋”をおいしくいただきました(今回、2月末までの御馳走を特別に出してくれました)。

 翌朝、来年は1月末にぜひとも来たいと予約したしだいです。長生きの目標ができた旅でした。

 

 

 

【9月】

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信州の旅
富山県 畑下弘子(83歳)

 

 6月の中旬に、2泊3日の信州の旅に行きました。よく晴れた日で、雪を残した山々の峰はひときわ美しく、素晴らしい眺めでした。

 ホテルの食事では、信州特産の山芋のとろろ汁がありました。こどもの頃、母親が大きなすり鉢とすりこぎ棒でじっくりと作ってくれたとろろ汁を思い出し、存分にいただきました。長野県産の白いごはんによく合い、私にとっては何よりの御馳走でした。

 日常のストレス解消は、おいしいものを食べ、山の湯に浸(つ)かり、いろんな人と出会うことにかぎります。今後も、健康でいろんな旅に参加できますことを願っています。

 

 

 

 

 

 

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さとちゃんのバイキング
茨城県 武田孝一

 

 14年前の5月の連休に、東京の孫2人をともなって、親子三代で房総(ぼうそう)の宿に出かけた。回遊式のプールで遊んだ後、18時から1階の指定の大宴会場へと向かった。

 着物姿のお姉さんが「あ、武田さんご一家ですね。こちらへどうぞ」と案内してくださった。そうして、「今夜はバイキングでございますので……」と言い終わらないうちに、3歳の下の孫、さと(る)ちゃんが「なにー!バイキンなのー!」と甲高い声を上げた。お姉さんは、「いえ、全部食べられます」と言い返した。周囲の先客たちは、着席していたイスから転げ落ちるような大爆笑となり、笑いが治まるまでに数分を要した。まさに、アンパンマン、バイキンマン世代のこどもの反応であった。

 その後、孫が夏休みやお正月にわが家を訪ねてくるたびに、くすりと私の口元に笑みが浮かぶ。わが家の楽しい思い出のひとつである。

 

 

【8月】

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富士山が大好きで


奈良県 小川恵玉(73歳)

 私は今73歳ですが、奈良から東京へ年に4回ほど行く時、「ジパング俱楽部」を利用して行きます。必ず富士山の見える方の自由席を探して座り、静岡駅を過ぎると、窓にぴたっと顔を寄せて富士川(ふじかわ)橋を待ちます。アーチ形の橋を見るとすぐ、橋の東側に見える富士山を見つめます。やったぁ。きれいに頂上まで見えた時は、隣の席の人に分るぐらいの声で「富士山見えてありがとっ」と言います。そして、持っているデジタルカメラを窓ガラスにくっつけて、シャッターを押します。工場群の煙突でなく、田畑の上に富士山が写ると大喜び! 携帯電話の画面にも、自分で撮った富士山の写真を載せています。友だちに、「これ、本当に自分で撮ったの?」と聞かれるのが、内心の自慢です。いつもジパング俱楽部を利用していて、とっても得しています。ありがとうございます。

 

 

 

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クラス会
東京都 本田弘明(76歳)

 私は、福岡県にあった宮田町立宮田東中学校(現:宮若市立宮若東中学校)を昭和31年3月に卒業した。卒業後、クラスメートは進学や求職のため全国に散った。

 それぞれの人生をたくましく生き抜き、還暦を迎えた頃だった。誰かが、クラス会をやろうと声をあげた。私も世話人のひとりとなり、名簿を作った。住所は全国区だった。

 第1回目のクラス会は、京都府で開いた。45年ぶりの邂逅(かいこう)は懐かしく、感動的だった。それ以来2年ごとに、7年前からは毎年、クラス会を開くようになった。しかし全国から集まるので、交通費がネックだった。

 そこで65歳になった頃、参加者全員に「ジパング俱楽部」に入ってもらうことにして、割り勘とした。おかげで、全国各地で2万円ぐらいの負担で行なえている。

 

 

【7月】

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いつまでも旅を続けたい(花の旅 京都・大阪)
東京都 井沢滋治(80歳)

 

 今年の春の訪れは、京都と大阪へ。桜の舞に異国の人の歓声が沸き、心は躍ります。今日(こんにち)の祇園(ぎおん)の桜はそよ風にひらりひらりと舞い、鴨川に静かに流され……“花の都”を満喫しました。夜の帳(とばり)に包まれる頃、色香(いろか)漂う舞妓さんに会えるだろうか。八十路のひとり旅は、人生を謳歌させてくれる、私自身のエネルギーです。

 京の花の旅の翌日は、大阪へ。この地では年中行事になっている、期間限定でしか観ることができない造幣局の「桜の通り抜け」に出かけました。最寄駅から造幣局まで、大行列。造幣局の南門から北門までの桜の通りは約560メートルで、そこに134種、350本の桜が植えられています。これは日本全国から寄贈されたもので、故郷への思いを馳(は)せる人や、衣装を整えた外国人など、笑顔いっぱいでご満悦。この“花の里”は、川沿いに桜花爛漫(おうからんまん)を魅(み)せてくれる、大阪が誇る景勝地です。

 

 

 

 

 

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ばぁば参上
山口県 高瀬啓子(64歳)

 

 2015年1月、兵庫県にいる娘から、「2歳の孫がインフルエンザにかかり、4歳の兄にもうつったかもしれない」と連絡が入りました。娘も何だかだるくて熱っぽいようで、「これは大変!」とばぁばは新幹線に飛び乗って、娘宅へ向かいました。

 幸いなことに、インフルエンザは弟だけで済みました。熱も下がり、食事もできるようになったので、安心して帰路につきました。フットワークがよくなったのは、ジパング俱楽部のおかげです。

 乗り換えの三ノ宮駅で阪神淡路大震災20年のセレモニーがあり、私もローソクに火を点(とも)してお祈りをしました。町角で、皇后陛下の御歌が刻まれている石碑を見つけました。

  笑み交はし やがて涙のわきいづる

  復興なりし街を行きつつ

美智子様の優しいお心を感じる御歌に感動し、帰宅しました。

 その後、インフルエンザを発症し、5日間臥せってしまった私。大好きな孫からの、冬のプレゼントでした。長く小学校に勤めている間は、学級閉鎖になっても元気だったのに。油断した隙に発症してしまいました。