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ジパング倶楽部

毎月25日発行

ジパ活     毎月下旬更新

「ジパング俱楽部」会員様からの、「ジパング俱楽部」を活用した声を紹介します(敬称略)。

※写真はイメージです。

■ジパ活 応募要項

「ジパ活」は、ジパング倶楽部を使った旅の思い出などを200~400字程度にまとめてお寄せください。採用者には、QUO(クオ)カードを進呈します。

応募はこちら

■作品発表

【8月】

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富士山が大好きで


奈良県 小川恵玉(73歳)

 私は今73歳ですが、奈良から東京へ年に4回ほど行く時、「ジパング俱楽部」を利用して行きます。必ず富士山の見える方の自由席を探して座り、静岡駅を過ぎると、窓にぴたっと顔を寄せて富士川(ふじかわ)橋を待ちます。アーチ形の橋を見るとすぐ、橋の東側に見える富士山を見つめます。やったぁ。きれいに頂上まで見えた時は、隣の席の人に分るぐらいの声で「富士山見えてありがとっ」と言います。そして、持っているデジタルカメラを窓ガラスにくっつけて、シャッターを押します。工場群の煙突でなく、田畑の上に富士山が写ると大喜び! 携帯電話の画面にも、自分で撮った富士山の写真を載せています。友だちに、「これ、本当に自分で撮ったの?」と聞かれるのが、内心の自慢です。いつもジパング俱楽部を利用していて、とっても得しています。ありがとうございます。

 

 

 

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クラス会
東京都 本田弘明(76歳)

 私は、福岡県にあった宮田町立宮田東中学校(現:宮若市立宮若東中学校)を昭和31年3月に卒業した。卒業後、クラスメートは進学や求職のため全国に散った。

 それぞれの人生をたくましく生き抜き、還暦を迎えた頃だった。誰かが、クラス会をやろうと声をあげた。私も世話人のひとりとなり、名簿を作った。住所は全国区だった。

 第1回目のクラス会は、京都府で開いた。45年ぶりの邂逅(かいこう)は懐かしく、感動的だった。それ以来2年ごとに、7年前からは毎年、クラス会を開くようになった。しかし全国から集まるので、交通費がネックだった。

 そこで65歳になった頃、参加者全員に「ジパング俱楽部」に入ってもらうことにして、割り勘とした。おかげで、全国各地で2万円ぐらいの負担で行なえている。

 

 

【7月】

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いつまでも旅を続けたい(花の旅 京都・大阪)
東京都 井沢滋治(80歳)

 

 今年の春の訪れは、京都と大阪へ。桜の舞に異国の人の歓声が沸き、心は躍ります。今日(こんにち)の祇園(ぎおん)の桜はそよ風にひらりひらりと舞い、鴨川に静かに流され……“花の都”を満喫しました。夜の帳(とばり)に包まれる頃、色香(いろか)漂う舞妓さんに会えるだろうか。八十路のひとり旅は、人生を謳歌させてくれる、私自身のエネルギーです。

 京の花の旅の翌日は、大阪へ。この地では年中行事になっている、期間限定でしか観ることができない造幣局の「桜の通り抜け」に出かけました。最寄駅から造幣局まで、大行列。造幣局の南門から北門までの桜の通りは約560メートルで、そこに134種、350本の桜が植えられています。これは日本全国から寄贈されたもので、故郷への思いを馳(は)せる人や、衣装を整えた外国人など、笑顔いっぱいでご満悦。この“花の里”は、川沿いに桜花爛漫(おうからんまん)を魅(み)せてくれる、大阪が誇る景勝地です。

 

 

 

 

 

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ばぁば参上
山口県 高瀬啓子(64歳)

 

 2015年1月、兵庫県にいる娘から、「2歳の孫がインフルエンザにかかり、4歳の兄にもうつったかもしれない」と連絡が入りました。娘も何だかだるくて熱っぽいようで、「これは大変!」とばぁばは新幹線に飛び乗って、娘宅へ向かいました。

 幸いなことに、インフルエンザは弟だけで済みました。熱も下がり、食事もできるようになったので、安心して帰路につきました。フットワークがよくなったのは、ジパング俱楽部のおかげです。

 乗り換えの三ノ宮駅で阪神淡路大震災20年のセレモニーがあり、私もローソクに火を点(とも)してお祈りをしました。町角で、皇后陛下の御歌が刻まれている石碑を見つけました。

  笑み交はし やがて涙のわきいづる

  復興なりし街を行きつつ

美智子様の優しいお心を感じる御歌に感動し、帰宅しました。

 その後、インフルエンザを発症し、5日間臥せってしまった私。大好きな孫からの、冬のプレゼントでした。長く小学校に勤めている間は、学級閉鎖になっても元気だったのに。油断した隙に発症してしまいました。

 

 

 

 

 

【6月】

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真珠婚旅行
大阪府 沼田 昇(68歳)

 

 3年前の夏、結婚30年の真珠婚を記念して、島根県を旅行した時の思い出です。2泊3日の旅の初日は、山陽新幹線で新大阪駅から岡山駅まで行き、特急「やくも」に乗り換え、玉造(たまつくり)温泉駅まで行きました。温泉の宿舎でゆったり「美肌の湯」に浸(つ)かり、夜は昔懐かしい夜店で情緒あるひとときを過ごしました。

 2日目は、早朝にシャトルバスに乗り、世界が認める「足立(あだち)美術館」を訪ねました。借景の山々の自然美と庭園とがみごとに調和した枯山水(かれさんすい)に、時間が経つのも忘れて見とれていると、庭園も日本画同様、一幅(いっぷく)の絵画として人々に展示されていることに気づきました。

 名園と美術を堪能した後は、安来(やすぎ)駅から出雲市(いずもし)駅に向かいました。八雲山(やくもやま)を背にした出雲大社の境内は厳粛な気配が漂い、古代と現代が交わる空間で、足立美術館の名園と同様、神話を描いた絵画のように感じました。ここで私たち夫婦が真珠婚を迎えられたことに感謝し、今後も夫婦で旅行できるよう祈願して、島根を後にしました。

 

 

 

 

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ジパング俱楽部初めの一歩

千葉県 吉田靜枝(68歳)

 

 いつもバスで日帰り登山を楽しむ私たち“山の会”ですが、昨年10月、初の試みとしてジパング俱楽部を利用して、秋の八甲田山(はっこうださん)と岩木山に登ってきました。

全員65歳以上でありながら、ジパング俱楽部を利用していなかったため、急いで全員で加入。「えきねっと」を使い、全員が3割引きの恩恵に与(あずか)り、年金暮らしの我々にはとてもありがたい制度だと思いました。

 当日は、朝一番の東北新幹線で一路新青森駅へ。ちょうど紅葉が始まり、山頂は見頃でした。以前から泊まってみたかった酸ヶ湯(すかゆ)温泉の「ヒバ千人風呂」にも入ってきました。そして、和モダンな蔦(つた)温泉に泊まり、素敵な宿の一夜を堪能しました。翌日は、奥入瀬(おいらせ)渓流を散歩し、緑いっぱいのなかマイナスイオンの空気を吸い、リフレッシュすることができました。

 帰路ももちろん新幹線で、渋滞もなくおしゃべりに花が咲いた車中でした。来年もまたみんなで行きましょうねと約束した、思い出深いジパング倶楽部初めの一歩の旅でした。

 

 

 

 

 

【5月】

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忘れ得ぬ旅路
大阪府 藤岡弘則(78歳)

 

 東海道本線大阪駅を出発して、高知県の土讃(どさん)線後免(ごめん)駅から、土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線で夜須(やす)駅に向かった夫婦旅での出来事。到着前まで会話をしていたはずが、先に列車から降りると妻の姿がない。動く車窓の中に驚く妻がいた。

 困ったぞ。ホテルの迎えが来るのは3分後だ。間に合わない。携帯電話で妻を呼び出すも、応答しない。今頃ホテルの人は探しているだろうな。気持ちが動揺しているところに、妻から電話。「駅で確かめたら、ちょうどいい便がある」。ぶっきらぼうだ。すぐさまホテルに電話し、何とか迎えの便を手配してもらった。「何で起こしてくれないの」。ホテルまで妻の機嫌は直らない。うとうとしはじめた時に声をかけるべきだった。

 それでも好きな温泉に浸(つ)かり、豪華な皿鉢(さわち)料理を目にするといつもの妻に戻り、大食いが始まった。私も阪神タイガースが合宿するホテルに、大満足した。

 

 

 

 

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白馬で


埼玉県 天野直江(66歳)

 

 85、84、81、66。長野県の白馬(はくば)岩岳に4人のシュプール(滑った跡)が……。66歳の私にとって彼、彼女らは、スキーの師であり人生の師。「スキーはね、年齢に合わせた滑り方をすればいいんだよ」とリーダーが言う。私たちは景色の中に身を置き、ゆっくりと下っていく。快晴、朝の光に北アルプスが白く輝く。空の青との、みごとなコントラスト。夜は女将さんの手料理の、新潟県の糸魚川(いといがわ)から運ばれた新鮮な魚に舌鼓を打ち、温泉でゆったり疲れをとる。

 帰りは信濃森上(しなのもりうえ)駅で大糸線に乗車。夕日が沈み、山が赤く染まる。青木湖の湖面も静かに揺れる。暮れていく安曇野(あずみの)。穂高では碌山(ろくざん)美術館が凛として佇(たたず)む。車窓がじつに美しい。篠ノ井線松本駅で特急「あずさ号」に乗り換え、宿でいただいたリンゴを頬張る。2泊3日の緊張が緩んでいく。

 白馬は遠い。でも一年に一度でいい、幸せと励ましを与えてくれる白馬に行きたい。それができるのも「ジパング倶楽部」のおかげだな、と改めて思っている。